特別対談 竹村慎治×大木トオル




2. 背景が分からない犬でも能力をもっている

――捨て犬だったチロリがセラピードッグになった意義というのは。

大木 : チロリは雑種で捨て犬、何の背景もない犬でした。盲導犬しかり、介助犬しかり、福祉に携わる犬はすべて子犬のときからルーツが分かっているのですが、チロリは成犬でしかも捨て犬、雑種であるというのは大きなハンディキャップです。そうしたハンディを払拭する能力を示してくれたことの意味は大きかったと考えています。あの子を引き取って、いっしょに暮らして、その能力の高さを実感して、セラピードッグになれるのではないかと考えて訓練して、その成果を存分に出してくれたことで私の考え方は変わりました。背景が分からない捨て犬でも犬たちはそれぞれ能力をもっている。そのことをチロリが私に気づかせてくれて、私はそれからセラピードッグの訓練育成の対象をすべて捨て犬と決めました。捨て犬がセラピードッグになれば、殺されずに済む。生きることができます。これは賭けでしたし、ひとりで取り組んだわけですから、最初は生みの苦しみを味わいましたが、チロリのお陰で一歩一歩、少しずつ実現に向けて歩んで来ることができました。

いまの人間が必要とするのは無償の愛情

――捨てられ、虐待された犬というのは訓練が難しいのではないですか。

大木 : 例えば、セラピードッグになる訓練課程のひとつに杖をついている者といっしょに歩くという訓練があるのですが、最初は杖を見ると、怖がります。当たり前ですよ。棒や何かで殴られていますから。ですから、最初はいっしょに寝て、人間との信頼関係を取り戻すことから始めるわけです。そうすると、犬たちは何倍もの無償の愛情を出してきます。そして、最も大事なことは捨てられ、虐待を受けた犬たちは痛みを知っているということです。痛みを知っているからこそ苦しんでいる人の心を共有し、ピュアな心で人に接する。だから、人はセラピードッグに癒されるし、触ろうとして手を伸ばし、いっしょに歩きたいと車椅子から立ち上がる。それが高齢者や障害者に対する動物介在療法という治療のひとつに位置づけられているのです。

 ちなみに、無償の愛情というものをいまの人間は忘れているように思えてなりません。いまの世の中、何でもギブアンドテイクじゃないですか。何かしてくれたらどうの、何か買ってくれたら、何かしようとか、そういうことばかりが横行している。便利な時代が悪影響を及ぼしているのかもしれません。その点、犬は物欲とか、邪念といったものは一切ない。真っ直ぐ立ち向かってきます。ピュアですから、高齢者や障害者の方々はピュアなものに対して心を開く。そして犬との間に絆が生まれます。セラピードッグが果たす動物介在療法のポイントはこの点です。

――話はちょっと前後しますが、セラピードッグの役割を教えてください。

大木 : 訓練されたセラピードッグに触りたい、犬の名前を呼びたいという気持ちから、手を動かし、言葉を発します。さらに、いっしょに歩いてみたいということから、車椅子から立ち上がることにもつながります。そういうことを通じて免疫力の数値を上げて意識を改革していくお手伝いをするのがセラピードッグの役割です。これが先ほど申しました動物介在療法といわれるもので、医師と私どもがいっしょになって取り組んでいくものです。

 現在西洋医学が主流ですが、それだけでは足らないものがいっぱいあります。それを補うものとして気功、あるいは漢方などがあると思いますが、セラピードッグというのはちょうどその真ん中に位置するものだと理解していただければと思います。薬や手術で対応できない心の問題に働きかけて免疫数値を上げていただいてリハビリの効果を高める。この部分は人間にはなかなかできなかった。訓練を積んで愛情とピュアな心をもつ犬たちでなければ成し得なかったということですね。